信仰告白を喜ばれる主イエスさま(マタイ16章13-23節)

教会の中高生たちは今、キャンプに行っている。行けなかった子たちは、来週、教会でお泊まり会だ。イエスさまの弟子たちはいつもキャンプをしているようなものだ。でももっと別世界のキャンプが必要だった。それは、大会衆がついて来ない、忙しくないキャンプだ。それがピリポカイザリアだった。そのような場所で、イエスさまは聞きたかった言葉が、ペテロの口から発話された告白の言葉だった。本日の、イエスさまが驚かれ、喜ばれたお姿がうれしい。イエスさまは摂理だから、悟って、わかってらっしゃった、とか、なんて聖書に書いていない。教理化されたものを先に教えられた21世紀日本に生きる自分が、さきさき読み込んでいきたい気持ちを押さえて、やはり、イエスさまは驚かれ、喜ばれたんだ。だからこそそれに対して、思わず「じゃあ、わたしも言おう」と言われたのが、「この岩の上に・・」という内容である。「じゃあ、わたしも言おう」と言ってくださるような、そんな応答を弟子たちがすることを主は期待されているんだなあ。今まで、「この岩の上に・・・」のカトリックの解釈、プロテスタントの解釈、福音主義の解釈、というふうに、そんなことばかり考えてきたが、今日に関しては「じゃあ、わたしも言おう!」というイエスさまの喜びに共感できるような自分になりたいと思った。